ayasui 切絵展 「にごり水」 取材レポート

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第三回 舞台「袖」の話

⚫そこに何がありますか?

あなたは今、どこでどのようにしてこの記事を読んでいるだろうか?椅子に座っているのか、待ち合わせでどこかに立っているのだろうか。

もし、その場所に「壁」があるなら、まずはその壁を眺めてみて欲しい。壁がない場合はどこかの壁を思い浮かべて欲しい。 その壁にはなにか飾られているだろうか。
カフェであればセンスあるポップアートやフォトグラフ、オフィスならばノベルティポスターもしくは何もない壁か。

では、その壁に新たに何かを飾るなら、何を飾るか想像して欲しい。贔屓にしているアーティストのポスター、友人や家族の写真、なんでもいいあなたの自由だ。様々なモチーフが浮かぶことだろう。

最後にそれらをどんなフレームに入れて飾るか考えてみよう。どうだろう、中心に据える飾りは想像できても、その周りを縁取る物にまではなかなか想像が及ばないのではないだろうか。

⚫謹製 にごり水展示用額縁

今回の展示では多くの作品は壁面にディスプレイを施す。そのため作品専用の額縁を幾点か用意した。ワタシは、作家の次にこの額縁について述べたいと考え額縁の制作担当者へコンタクトを取った。

⚫話しながらも手元は進む

彼の作業場は、とあるマンションの一室にある。部屋に整然と並ぶ工具たちからも彼の性格が感じられる。制作を行う彼は、部屋の中央に座り一心不乱に木材を擦っていた。

ー今はどんな作業をしているんですか?ー

ワタシの問いかけに彼は木材を見つめたまま話はじめた。
(ayasuiとの違いは手を止めないところかもしれない)
「額縁の表面を紙やすりで磨いています」
ワタシには、すでに木材の表面は充分に滑らかに見えた。そのことを口にするとすかさず、彼は言う。
「まだですね、表面の傷を無くして、平らにする必要があります」
彼は木材から目を離し、ひと呼吸置いてワタシに言った。
「ちょっと触ってみますか」
差し出された木片に触れた瞬間、引き込まれた。これが木であることを忘れさせてしまう、魔力があった。 しっとりとしていて指に吸い付く感触。現実から離れ、この感触に没頭しはじめた時、遠くから、彼の声がした。
「磨くってどういうことかわかりますか?結局、磨くって傷をつけることなんです。木の表面をまず荒い目のやすりで削って大きな凸凹をつけて、そこから細かいものに変えていって、凸凹を小さくしていくんです。つまり、大きな傷を小さな傷で消して徐々に滑らかにしていくということなんです」

ーこの手触りを会場で味わえるんですね!ー

「何いっているんですか?もちろん作品や額縁に手を触れるのは遠慮していただきますよ」

何をいっているんだ?この人は。

失礼。いささか、作り手への敬意に欠けた言葉だった。
だが、ワタシが感じた疎外感を汲み取って欲しい。ここまで、磨き上げたのはこの触感を出すためであるはずだ。にも関わらず、彼は触れるためのものではないと言い放つのだ。次の句は思わず声がうわずってしまった。

ーで、では、なぜそこまで磨くんですかー

彼は言う。
「だって、これ気持ちいいでしょ」
天を仰ぐ、続いて困惑。そして、迷い子の様に視線を彷徨わせ、あたりを見渡す。彼は、すでに作業に戻っていた。それっきり彼からなぜ触感を最大限に高めるのかについての、言葉はなかった。

しかし、ワタシは注意深く、根気づよく彼の作業をみつめ、やがてひとつの気づきを得た。

ある物体が「完成する」ということは、全てが最高の状態であるべきなのではないかと。

つまり、額縁は、形が出来上がればひとまずの用は足りる。しかし、木々の美しさは生かされているのか、そして、手を掛ける以上、たとえ触れられないものであっても、手触りという要素においても最高の状態にすべきなのではないかということだ。

これは、ワタシの勝手な想像だ。彼が木々を磨く理由。それを真に理解しているのは、おそらく彼しかいないだろうが、人知れぬこのこだわりの果てにayasuiの作品を包む額縁が生まれるということは、間違いない。

⚫表舞台でも裏舞台でもなく

冒頭に投げかけた質問に対して、ワタシは多くの方々と同じ反応をするだろう。

飾るための枠組にまでは気が回らない。

考えてみればそれは当然な事なのだ。装飾物を邪魔せず引き立てる。いわば裏方となるのが額縁本来の役割であるからだ。それは、こだわり抜かれた額縁であっても同じ宿命を持つ。

今回の話は、表舞台でもなく、舞台の裏でもない舞台に立つ作品の傍に寄り添う、つまり舞台の脇。そう舞台袖の活躍を描いたつもりだ。
どうか、会場においてもその存在や触感についてはそっと心の片隅にとどめるだけにしておいて欲しい。

第4回 木材の行方 へつづく



(文 河内製作所:佐藤 大陸)

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「にごり水」会場のご案内

ギャラリー丸美京屋 〒110-0034
東京都台東区雷門2-10-5
丸美京屋店内2F
TEL:03-3841-9711
URL:http://gallerymarumikyoya.com/